その解決策は、
明日の現場の言葉になっているか
物流データ意思決定シリーズ|分析結果を、実行可能な解き方と投資判断につなげる
「工程間の応援を活用して、負荷を平準化する」——会議で決まった方針が、こういう形で議事録に残る。方針としては正しい。ただ、明日の現場は、これを読んでも動けません。
誰が、いつ、どこへ行くのか。何を見てそう判断するのか。それが決まっていないからです。そして数週間後、「応援の活用は進んでいますか」と聞くと、「はい、やっています」という答えが返ってくる。具体的に何が変わったのかは、誰にも分かりません。
・正しい判断が、なぜ実行に届かないのか
・粒度と時間軸のズレという問題
・意思決定の粒度と、データの粒度は対応している
・「何を集めるか」は、「どの判断をしたいか」から決まる
月次のグラフからは、明日のシフトは決まらない
前回まで、解決策を比較し、判断の境界を先に決めるところまで見てきました。ここまでで、何をするかは決まっています。今回は最後の一段です。決めたことを、現場が動ける形に翻訳する。
ここでつまずく理由は、意識や伝達の問題ではありません。多くの場合、判断に使った材料の粒度が、実行に必要な粒度と合っていないことが原因です。
月次の生産性グラフ → 明日、誰をどこに配置するかは決まらない
センター全体の稼働率 → どの工程に応援を出すかは決まらない
週次の物量推移 → 今日の15時に何をすべきかは決まらない
どれも正しい数字です。しかし、その数字が答えられる問いと、現場が今日答えなければならない問いが違います。
「工程間の応援を活用する」という方針が実行に変わるのは、それが「今日の15時半に、検品から2名を梱包へ」という形になったときです。この形になって初めて、実際に人が動きます。
初めて実行になります。
当日の実績を見ながら組み替える、という運用
この翻訳を、業務として定義している分野があります。
コールセンターの運用では、当日の入電状況を見ながら、時間単位で人の配置を組み替えていく運用が行われています。朝に立てた計画どおりに進まないことを前提に、実績を見て、残りの時間をどう配分するかを決め直す。計画を立てることと、当日の状況に合わせて組み替えることを、別の仕事として捉える考え方があります。
借りる構造は一つだけです。計画は当日の実績によって更新されるもので、当日の判断には、当日の粒度のデータが要る。
物流に置き換えると、当日に判断できるのは次のようなものです。
これらはどれも、月次の資料からは決まりません。その日の、その時間の状況から決まります。
意思決定の粒度と、データの粒度は対応している
ここが、この回の核心です。判断の種類によって、必要になるデータの粒度は変わります。
| 判断 | 必要な粒度 | その粒度がないと何が起きるか |
|---|---|---|
| 設備投資の判断 | 月・年 | 年間の変動幅やピークの発生状況が分からず、必要以上に大きな仕様を検討する可能性がある |
| 要員計画 | 週・月 | 月の中の山谷が見えず、平均に合わせた人数になる |
| シフト変更 | 日 | 曜日ごとの傾向が見えず、全日同じ体制のままになる |
| 工程間の応援 | 時間 | どこが詰まっているかが分からず、経験と目視で判断することになる |
| 現場への指示 | リアルタイム〜時間 | 間に合うかどうかが締め直前まで分からない |
この表を逆から読むと、重要なことが見えてきます。
最終的にどの粒度で意思決定し、実行するかを起点に考える必要があります。
日次で判断したいのに月次でしか取っていない、という不整合は珍しくありません。その場合、いくら分析の手法を増やしても、日次の判断はできるようになりません。足りないのは分析ではなく、判断に対応した粒度の記録です。
「何を集めるか」は、「どの判断をしたいか」から決まる
この論点は、実は一周して戻ってきたものです。
第1章のデータ収集シリーズで、KPIから逆算してデータ収集を設計するという考え方を扱いました。何を集めるかは、何を知りたいかから決まる、という話です。
今回の話は、その答え合わせにあたります。意思決定の側から見ると、逆算の起点はもう一段先にあります。
「まずデータを集めて、それから活用方法を考える」という進め方が難しいのは、ここに理由があります。どの判断をしたいかが決まっていないと、必要な粒度も決まりません。そして粒度が合っていないデータは、後から細かくすることができません。
物流で、翻訳が難しい理由
一つは、人が等価な資源ではないことです。
「検品から2名を梱包へ」と決めたとして、その2名が誰かによって、結果は変わります。習熟度の差によって、同じ人数でも処理できる量は変わります。頭数で計算した必要人時は、実際の処理量とずれます。
したがって、翻訳の精度を上げようとすると、誰がどの工程をどれだけの速さでこなせるかという情報が必要になります。これは多くの現場で、ベテランの頭の中にあります。頭の中にあるうちは、その人がいる日にしか翻訳できません。
もう一つは、当日の判断に使えるデータが、当日には出てこないことです。実績の集計が翌日以降になる仕組みでは、そもそも当日の組み替えに使えません。判断の粒度以前に、データが届くタイミングの問題です。
誰がその判断をするのか、どこまでを現場の裁量とするのか、権限をどう分けるのか——これらは重要な論点ですが、この回では扱いません。
ここで扱ったのは、判断を実行可能な粒度に翻訳するという一点です。翻訳ができていない状態では、権限を整理しても実行にはなりません。逆に、翻訳ができていれば、誰が判断するかの議論もはるかに具体的になります。
この判断をするために、最低限どのデータが要るか
当日の翻訳ができる状態にするために、必要なものを整理します。
| データ | 何のために使うか | 最小の始め方 |
|---|---|---|
| 工程別の残作業量 | 今どこに、どれだけ残っているか | 指示件数と完了件数の差。まずは主要工程だけ |
| 現在の処理ペース | このままだと何時に終わるか | 直近1時間の完了件数から見込みを出す |
| 締め時刻(便別) | 何時までに終える必要があるか | 便別の集荷時刻を一覧にする |
| 工程別の要員と稼働状況 | どこから動かせるか | 誰がどの工程にいるかが、その時点で分かる状態にする |
| 工程ごとの習熟度 | 動かした2名で、どれだけ処理できるか | まずは「この工程を担当できる人」の一覧からで十分 |
「工程別の残作業量」「現在の処理ペース」「締め時刻」の3つが揃うと、「このままだと締めに間に合わない」が、締めの直前ではなく数時間前に分かるようになります。翻訳の質は、判断できる時刻がどれだけ前倒しされるかで決まります。15時に分かることと、17時に分かることでは、打てる手の数が違います。
そしてもう一つ、見落とされやすいのが4つめです。「足りない工程」だけ分かっても、応援を出せる工程が分からなければ、現場の判断にはなりません。問題を見つけるためのデータと、実行を決めるためのデータは、同じではありません。
次回は最終回です。打った手が効いたのかを測り、次の判断に返す段を扱います。その判断は、次はもっと上手くなるのでしょうか。
物流データ意思決定シリーズ(全9回)
第2回「何が起きたか」は分かった。「変えたらどうなるか」は分かるか
第3回処理能力は足りているのに、なぜ残業が減らないのか
第4回出荷が回らない原因は、本当に倉庫の中にあるのか
第5回「生産性が低い」は、問題ではなく現象である
第6回「あと10人いれば解決する」は、解決策と言えるのか
第7回その線は、限界が来てから引くのか
第8回その解決策は、明日の現場の言葉になっているか(本記事)
第9回その判断は、次はもっと上手くなるか
工程別の残作業量と現在のペースから完了見込みを出し、どこへ何人回せば間に合うのかを比べる。今あるWMSや設備のデータで、どこまで当日の判断に使えるかをご一緒に確認できます。
「方針は決まったが、現場の動きが変わらない」という段階が、ちょうど入口です。
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