同じ「生産性」を、
4つの階層が別の意味で見ている
物流データ活用を組織に定着させる|判断を、組織の行動に変える
「生産性が先月より10%下がっています、と報告したら、拠点長からは『人員計画を見直そう』、本社・経営からは『この拠点の能力はどうなっているのか』と返ってきました。私が言いたかったのは、先週の配置がうまくいかなかった、ということだったんですが」
同じ数字を、同じ会議で見ている。誰も数字を読み間違えてはいない。それなのに、話がかみ合わないまま会議が終わる。現場管理者は「先週の配置」の話をしたつもりで、拠点長は「来月の人員」の話を、本社・経営は「拠点の力」の話をしていました。
数字は共有されていました。共有されていなかったのは、その数字に向けている問いのほうでした。
・同じ数字を見ているのに、なぜ議論がかみ合わないのか
・このシリーズで使い続ける「4つの階層」
・階層ごとに判断の時間軸が違い、必要な数字の粒度も違う
・同じ数字を、別の問いで見ていることに気づくために
数字が共有されていても、問いは共有されていない
第1回では、判断が個人に閉じていることが、データ活用を止める原因になると書きました。この回から、その判断が組織につながらない理由を、一つずつ分けて見ていきます。最初は解釈の断絶です。
「生産性が10%下がった」という一つの数字は、それを見る人の立場によって、まったく別の問題に見えます。
| 見ている人 | 「生産性10%低下」に向ける問い | その問いから出てくる次の一手 |
|---|---|---|
| 作業者 | 自分の作業が遅かったのか | 動き方や手順を見直す |
| 現場管理者 | どの日、どの時間帯の配置がうまくいかなかったのか | 明日の配置や応援の出し方を変える |
| 拠点長 | 人員やシフトの組み方が、物量に合っていないのか | 来月の人員計画やシフトを見直す |
| 本社・経営 | この拠点の能力は、他の拠点と比べてどうなのか | 拠点間の配分や、投資の優先順位を考える |
どの問いも、間違ってはいません。どれも、それぞれの立場で考えるべき大切な問いです。問題は、同じ数字を前にして、それぞれが別の問いを立てていることに、お互いが気づいていないことにあります。
現場管理者が「先週の配置」の話として報告した数字を、拠点長は「人員計画」の材料として受け取り、本社・経営は「拠点の能力」の指標として受け取る。数字は正しく伝わっているのに、判断は正しく伝わっていません。
数字に向ける問いが共有されていない。
このシリーズで使う、4つの階層
ここで、このシリーズを通して使う4つの階層を定めておきます。物流センターでデータを見て判断する人を、判断の中身と、判断の時間軸で分けたものです。
この4つは、代表的な立場を例として挙げたものではありません。第9回まで、この名前と区分のまま使い続けます。拠点によっては、センター長と呼ばれる人が拠点長にあたったり、エリアマネージャーが本社・経営の判断の一部を担っていたりしますが、ここでは役職名ではなく、どの時間軸で、何を決めているかで分けています。
投資判断は、独立した階層ではなく、本社・経営が行う判断の一つとして扱います。現場で見えた制約が、最終的に投資判断として受け取られるかどうかは、第9回で扱います。
時間軸が違えば、必要な粒度も違う
4つの階層の違いは、立場の違いである以上に、判断の時間軸の違いです。そして時間軸が違えば、判断に必要な数字の粒度も違います。
| 階層 | 判断の時間軸 | 判断に使いやすい粒度 |
|---|---|---|
| 作業者 | 分 | いま手元にある作業の量と、次に何が来るか |
| 現場管理者 | 時間〜日 | 工程別・時間帯別の進捗と、その日の物量・人員 |
| 拠点長 | 週〜月 | 曜日別・週別の生産性と物量の推移、シフトとの対応 |
| 本社・経営 | 月〜年 | 拠点別・月別の生産性やコスト、物量の伸び |
判断を現場が動ける粒度に翻訳する考え方は、物流データ意思決定シリーズ第8回で扱いました。そこでは、決めたことを上から下へ、実行できる粒度に落とすことを見ました。この回で見ているのは、その逆向きの問題でもあります。下で生まれた数字が上の階層に届くとき、粒度だけでなく、その数字で何を判断しようとしていたのかも切り離されてしまうことがあります。
現場管理者にとって意味のある「火曜の午前、検品で人が足りなかった」という情報は、月次の生産性という粒度に集計された時点で、拠点長や本社・経営からは見えなくなります。逆に、本社・経営が見ている「この拠点の生産性は他拠点より低い」という数字は、現場管理者にとっては、明日の配置をどう変えればよいかの手がかりになりません。
KPIを決めたのに、使われないのはなぜかでは、指標の更新頻度や粒度が判断の時間軸と合っていないという、指標そのものの問題を扱いました。この回で扱っているのは、指標が正しく作られていても起きる、見る人の違いの問題です。同じ指標を、正しい粒度で見ていても、階層ごとに向ける問いが違えば、判断はつながりません。
同じ数字でも、誰が何を決めるのかを明らかにする
こうした問題は物流に限ったものではありません。同じ数字を複数の階層が使う組織では、「この数字で、誰が、何を決めるのか」を明らかにしておくことが、判断をつなぐうえで重要になります。
同じ数字でも、「今日の段取りを決めるための数字」として出すのか、「来期の計画を決めるための数字」として出すのかを、最初に明らかにする。そうすることで、受け取る側が自分の問いで読み替えてしまうことを防ぎます。数字そのものは変わりません。変わるのは、数字と一緒に渡される問いです。
物流に置き換えると
物流センターで、同じ数字が別の問いで読まれる場面は、日常的にあります。
・現場管理者が「昨日は物量が多くて残業になった」と報告した数字を、拠点長は「人員が足りていない」証拠として受け取る
・拠点長が「来月は人を2名増やしたい」と説明するために出した数字を、本社・経営は「この拠点の生産性が低い」証拠として読む
・本社・経営が「拠点間の比較」のために出した生産性ランキングを、現場管理者は「自分たちの評価」として受け取る
どの場面でも、数字は正しく、読んだ人も間違っていません。ただ、数字を出した人の問いと、受け取った人の問いがずれています。そのずれに気づかないまま議論が進むと、現場管理者は「分かってもらえない」と感じ、拠点長は「現場が状況を説明しない」と感じ、本社・経営は「拠点の実態が見えない」と感じることになります。
物流特有の難しさ
物流でこのずれが起きやすいのには、いくつか理由があります。
一つは、同じ言葉が、すべての階層で使われていることです。「生産性」「物量」「人時」といった言葉は、作業者から本社・経営まで、同じ名前で呼ばれます。ところが、その言葉が指している範囲と期間は、階層ごとに違います。現場管理者の「生産性」は今日の工程の生産性で、本社・経営の「生産性」は拠点の月間平均です。同じ言葉なので、違うものを見ていることに気づきにくいのです。
もう一つは、物量の変動が大きいことです。物量が日ごと、季節ごとに大きく動く物流では、どの期間で数字を切るかによって、同じ「生産性」でも見え方が大きく変わります。週で見れば落ちているが、月で見れば平年並み、ということが普通に起こります。階層ごとに切り取る期間が違えば、同じ現場の数字から、正反対の結論が出ることもあります。
そして、数字が上に届くまでに、何度も集計されることです。現場の数字は、日次、週次、月次と集計されながら上の階層に届きます。集計のたびに、「なぜそうなったか」を説明していた細かな情報は削られていきます。上の階層に届くころには、数字だけが残り、その数字を生んだ問いは残っていません。
この判断に、誰が・どのデータを持っている必要があるか
冒頭の会議に戻ります。「生産性が10%下がった」という数字をめぐって議論をかみ合わせるには、何が必要だったのでしょうか。
| 階層 | この数字で決めたいこと | そのために持っている必要があるデータ |
|---|---|---|
| 現場管理者 | 明日の配置と応援の出し方 | どの日・どの時間帯・どの工程で生産性が落ちたか |
| 拠点長 | 来月の人員計画とシフト | 生産性の低下が、物量の変化や曜日の偏りと重なっていたか |
| 本社・経営 | 拠点間の配分と投資の優先順位 | その低下が一時的なものか、拠点の能力の問題か |
この表を作ってみると、同じ「生産性10%低下」という数字から、3つの別々の判断が必要だったことが分かります。そして、それぞれの判断に必要なデータは、少しずつ違います。数字を報告するときに、「この数字で、誰が何を決めるのか」が添えられていれば、議論はかなりかみ合いやすくなるはずです。
最後に、この回の問いを一つ残しておきます。
自社では、誰が、どの数字を、何の判断に使っているでしょうか。
同じ数字を見ている人の顔ぶれを思い浮かべたとき、その一人ひとりが、その数字で何を決めようとしているのかを言えるでしょうか。言えないとしたら、その数字は共有されていても、判断はまだ共有されていないのかもしれません。
次回は、この4つの階層のあいだで、もう一つの断絶を見ます。数字に責任を持つ人と、その数字を変える権限を持つ人が、別々の場所にいるという問題です。
物流データ活用を組織に定着させる(全9回)
第2回同じ「生産性」を、4つの階層が別の意味で見ている(本記事)
第3回数字には責任者がいる。その数字を変える権限には、いない
第4回数字は見えたのに、変えられない
第5回そのデータは、現場を評価するためか、助けるためか
第6回現場が乗り切った日は、データ上「何もなかった日」になる
第7回数字を見る場と、決める場は同じとは限らない
第8回その判断基準は、どうすれば組織のルールになるのか
第9回現場の判断が、組織の判断になるまで