判断できる人がいる現場と、
判断が回る組織は違う
物流データ活用を組織に定着させる|判断を、組織の行動に変える
「あの人がいたころは、午前の数字を見て、昼前には応援を出していました。いまも同じダッシュボードを見ているんですが、誰も動けないんです」
出荷の進み具合を見て、どの工程に何人回すかを決める。その判断をしていた現場管理者が、別の拠点へ異動しました。ダッシュボードは残り、数字は毎朝更新されています。それなのに、同じ判断が出てこない。応援の指示は遅れ、夕方になって残業で取り戻す日が増えました。
データは残りました。分析の仕組みも残りました。残らなかったのは、その数字を見て、何を決めていたのかでした。
・判断できる人がいなくなると、なぜデータ活用が止まるのか
・「判断が人に付いている」状態と、「組織に付いている」状態の違い
・このシリーズでいう「定着」とは何か
・現場の判断が、組織の判断につながらない5つの断絶
データ活用が止まるのは、データの問題ではない
物流データ意思決定シリーズでは、分析の結果から問題の構造を分け、解き方を比べ、判断の境目を決め、それを現場が動ける粒度に翻訳するところまでを扱いました。データをもとに「見極める」方法は、ひととおり揃っています。
ところが、その見極めは、多くの場合、特定の人の中に留まっています。
冒頭の現場管理者は、ダッシュボードの数字を見るとき、頭の中で次のようなことをしていたはずです。
・10時時点で、検品の通過率が出荷全体より15ポイント遅れていたら、梱包から人を回す
・ただし、月曜と月末は物量の出方が違うので、基準を少し緩める
・応援を出すなら2名まで。それ以上抜くと、梱包の方が詰まる
・それでも戻らなければ、昼の時点で残業の準備をかける
こうした判断の基準は、ダッシュボードのどこにも書かれていません。数字は画面に残りますが、どの数字が、どこまで動いたら、何をするのかは、その人の経験の中にしかありませんでした。だから、人が替わると判断が止まります。
判断が個人に閉じていることにある。
「判断できる人がいる」と「判断が回る」の違い
判断できる人がいる現場は、強い現場です。数字を読み、手を打ち、結果を出している。ただ、その強さは、その人がいる間だけのものになりがちです。
| 判断が人に付いている | 判断が組織に付いている | |
|---|---|---|
| 判断の根拠 | その人の経験と勘の中にある | どの数字を、何と比べて決めたかが残っている |
| 判断の境目 | 「このくらいなら大丈夫」が言葉になっていない | どこを越えたら手を打つかが共有されている |
| 担当者が替わると | 同じ数字を見ても、同じ判断が出ない | 同じ条件なら、同じ考え方で判断できる |
| 忙しい日には | その人が手一杯になると、判断が遅れる | 決めておいた境目に沿って、別の人も動ける |
| 上の階層へは | 「現場がうまく回した」という結果だけが届く | 何を見て、何を決めたかが届く |
右の列は、判断できる人を増やすだけでは実現しません。判断できる人が何人いても、その判断が一人ひとりの中に閉じていれば、組織としては左の列のままです。
見落とされやすいのは、最後の行です。判断が人に付いていると、上の階層には「今日も何とか回った」という結果しか届きません。何を見て、どこで迷い、何を選んだのかが届かないので、その判断が拠点の人員計画や本社・経営の投資判断の材料になることもありません。
このシリーズでいう「定着」
「データ活用を定着させる」というと、データを使う人を増やすこと、ダッシュボードを毎日開いてもらうこと、と受け取られがちです。このシリーズでは、定着を次のように考えます。
担当者が替わっても、忙しい日でも、同じ条件なら同じ判断ができる。そして、その判断が必要な階層まで届く状態。
ここで定着させたいのは、改善の仕組みではなく判断です。そして、「同じ数字なら同じ判断」という意味でもありません。物量や設備の状態、繁忙の度合いが変われば、同じ数字でも判断は変わってよい。定着させたいのは判断の結果そのものではなく、判断の根拠と境目が、担当者が替わっても共有されていることです。
「人に依存している判断を、マニュアルにして誰でもできるようにする」という考え方とは、出発点が少し違います。判断の根拠と境目を残すことは、標準化の手順を作ることではありません。このシリーズで扱いたいのは、判断がどこで生まれ、どこで途切れ、どの階層まで届いているかという構造です。
判断を引き継ぐ前提で動く現場
物流の外に目を向けると、担当者が替わることを前提に、判断の根拠を引き継ぐ仕組みを持っている現場があります。24時間を交代制で回す現場では、前の担当者が「何を見て、何を判断し、何を保留にしたか」を、次の担当者に渡すことが業務の一部になっています。引き継がれるのは作業の結果ではなく、判断の途中経過です。
こうした現場では、判断できる人がいることは前提の一つにすぎません。担当者が替わっても判断が途切れないように、判断の根拠が人の外に置かれています。
物流に置き換えると
物流センターでは、判断は毎日、それも何度も行われています。朝の人員配置、午前中の応援、昼の残業の見込み、夕方の締めの調整。どれも数字を見て行われる判断です。
ところが、その多くは記録に残りません。WMSには「何を出荷したか」が残り、勤怠システムには「誰が何時間働いたか」が残ります。しかし、「10時に検品の遅れを見て、梱包から2名回した。なぜそう判断し、その結果どうなったか」という判断の記録は、どのシステムにも残らないのが普通です。
判断の記録が残らないと、次のようなことが起きます。
・担当者が替わると、判断の基準がゼロからやり直しになる
・別のシフトの管理者が、同じ数字を見て違う判断をしても、どちらが良かったのか比べられない
・拠点長には、日々の判断の積み重ねではなく、月末の結果だけが届く
・本社・経営には、現場がどんな制約の中で判断していたのかが見えない
データは組織に残っています。判断だけが、人と一緒に移動していきます。
物流特有の難しさ
物流の判断が人に閉じやすいのには、物流ならではの理由もあります。
一つは、判断の時間が短いことです。出荷の締めは毎日やってきて、応援を出すかどうかは数十分のうちに決めなければなりません。判断の根拠を書き残す時間はなく、決めたらすぐに動く。記録は後回しになり、そのまま残らなくなります。
もう一つは、判断の多くが、うまくいくと見えなくなることです。応援を出して締めに間に合えば、その日は「何も問題がなかった日」として記録されます。判断が効いた日ほど、判断があったこと自体が残りません。
そして、判断する人と、判断の結果を受け取る人が、別の階層にいることです。現場管理者が日々の判断を積み重ねても、拠点長や本社・経営が見るのは、週や月で集計された数字です。その間で、判断の中身は抜け落ちていきます。
現場の判断が、組織の判断につながらない5つの断絶
判断が個人に閉じている、という問題は、さらに分けて見ることができます。このシリーズでは、現場の判断が組織の判断につながらない理由を、5つの断絶として扱います。
前の2つは、階層のあいだ(縦)の断絶です。3つ目は、組織の外(横)との断絶です。残りの2つは、現場と組織のあいだで、データそのものが歪むか、正しいデータに実態が映らないか、という断絶です。
そのうえで、後半の3回では、判断を担う人と場に置くこと(第7回)、判断の根拠と境目を組織に残すこと(第8回)、そして現場の判断が組織の判断としてつながる状態(第9回)を扱います。
この判断に、誰が・どのデータを持っている必要があるか
冒頭の現場に戻ります。異動した現場管理者が行っていた「午前の数字を見て、応援を出す」という判断を、組織に付いた判断にするには、何が必要だったのでしょうか。
| 問い | この例で必要だったもの |
|---|---|
| 誰が判断するのか | その日の現場管理者。不在のときに代わる人も含めて |
| どのデータを見るのか | 10時時点の工程別の通過率と、その日の物量 |
| どこを越えたら動くのか | 「検品の遅れが15ポイントを超えたら」という境目と、月曜・月末の扱い |
| 判断の結果は、どこに残るのか | 何時に、何名を、どこからどこへ回し、どうなったか |
| 誰に届くのか | 拠点長に、判断の回数と効き方が届いているか |
この表のどこかが空いていると、判断は人に付いたままになりやすくなります。逆に、必要な要素が揃っていれば、担当者が替わっても判断を引き継ぎやすくなり、その判断の積み重ねを上の階層の判断材料につなげられます。
最後に、この回の問いを一つ残しておきます。
自社の現場で、毎日行われている判断は、人に付いているでしょうか。それとも、組織に付いているでしょうか。
その答えは、ダッシュボードの中にはありません。いちばん判断のできる人が明日いなくなったとき、同じ判断が出てくるかどうかで分かります。
物流データ活用を組織に定着させる(全9回)
第2回同じ「生産性」を、4つの階層が別の意味で見ている
第3回数字には責任者がいる。その数字を変える権限には、いない
第4回数字は見えたのに、変えられない
第5回そのデータは、現場を評価するためか、助けるためか
第6回現場が乗り切った日は、データ上「何もなかった日」になる
第7回数字を見る場と、決める場は同じとは限らない
第8回その判断基準は、どうすれば組織のルールになるのか
第9回現場の判断が、組織の判断になるまで