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コラム | 物流データ活用 第6回 | 2026年9月21日

変える前に試せないか?
—シミュレーションという発想

変える前に試す、シミュレーションという発想

前回、16時の時点で「あと3人ぶん、2時間が足りない」と分かるところまで来ました。ここで次の問いが出てきます。

「その3人は、どこから出すのが一番いいのか」

他工程から応援を回すのか、残業で埋めるのか、作業の順序を変えて処理の山を崩すのか。選択肢はいくつもあり、それぞれ結果もコストも違います。しかし現場では、たいていいつもやっている手が選ばれます。理由は単純で、比べる方法がないからです。

やってみないと分からない。しかし本番でやってみるのは、一日一回しか試せず、失敗すれば出荷が遅れます。だから、変える前に試す——今回のテーマです。

この回で扱うこと
・予測とシミュレーションはどこが違うのか
・「明日の物量が120%」を3つの案で比べてみる
・何を固定し、何を動かすのか
・前提が実績データに支えられていないと、なぜ占いになるのか
・どこまでの精度があれば、判断に使えるのか

予測とシミュレーションは、問いが違う

この2つは混同されやすいのですが、答えている問いが別です。

予測(第5回)
このままいくと、どうなるか
条件は今のまま。現在の進捗とペースを延長して、着地点を出す。答えは一つ。
用途:手を打つ時間を作る
シミュレーション(今回)
条件を変えたら、どうなるか
人員・配置・順序・締め時刻などを動かして、結果がどう変わるかを並べる。答えは複数。
用途:打つ手を選ぶ

並べると、シリーズの流れがはっきりします。可視化は起きたことを見せ、予測はこのまま起きることを見せ、シミュレーションは選べる未来を並べます。そして次回の第7回で、並んだ選択肢から実際に一つを選んで現場を動かします。シミュレーションは、それ自体が目的ではなく、判断のための道具です。

やってみる——明日の物量が120%になったら

翌日の物量予測が12,000ピース(通常10,000ピースの120%)と出たとします。通常体制は10人、生産性は平均125ピース/人時、稼働8時間。処理できるのは10 × 125 × 8 = 10,000ピースですから、このままでは2,000ピース足りません。

ここで3つの案を並べます。

案 動かすもの 見込み結果 副作用・前提
A 増員 2人追加(12人・8時間) 処理能力 12,000ピース
締め時刻内に全量完了
追加人員が当日確保できるか。新規メンバーなら生産性は125に届かない
B 残業 10人のまま、1.6時間延長 処理能力 12,000ピース
全量完了するが締め後
締め時刻に間に合わない。車両の待機、残業コスト、疲労による後半のペース低下
C 応援+順序 他工程から3人を3時間応援+着手順を出荷便順に組み替え 処理能力 約11,100ピース
全量は終わらないが、早い便は締めに間に合う
応援元の工程が遅れないか。切り替えのロス時間。順序変更の指示が現場に伝わるか

この表は、シミュレーションの出力として何が必要かを示しています。完了時刻だけでは選べません。必要なのは、それぞれの案の結果と、そこに付いてくる副作用と前提です。Aがきれいに見えても、追加の2人が集まらなければ実行できません。Cは全量を救えませんが、優先度の高い便だけなら守れます。

そして重要なのは、この比較が前日の夕方にできることです。当日の朝に「今日は多いぞ」と気づいてから考えるのとは、選べる手が違います。第5回で述べた「前倒しできる時間の長さ」が、そのままシミュレーションの価値にもなっています。

何を固定し、何を動かすのか

シミュレーションで最初に決めるのは、計算式ではありません。今回は何を動かせるのかです。ここが曖昧なまま数字をいじると、実行できない案が出てきます。

前提として固定するもの/今回動かすもの
固定 物量・オーダー構成 明日入ってくる量は、こちらでは変えられない。予測値をそのまま前提に置く
固定 締め時刻 車両や出荷先との約束。動かせる場合もあるが、それは交渉であって現場の裁量ではない
固定 工程の並び・設備能力 レイアウトや設備の処理能力。当日の判断では変えられない
動かす 人員数と工程への配分 何人を、どの工程に、何時から。いちばん動かしやすく、効果も出やすい
動かす 作業順序・着手優先度 どの出荷便から着手するか。人を増やさずに締めを守れる場合がある
動かす 稼働時間 残業や早出。最後の手段として置くが、コストと疲労が積み上がる

この整理には、副次的な効果があります。固定と可変を書き出すと、現場の裁量の範囲がはっきりするということです。「締め時刻は交渉事項なので現場では動かせない」と明文化されていれば、当日の議論が「では人と順序で何とかする」に集中します。この話は、次回の判断基準に直結します。

前提が実績データに支えられていないと、占いになる

シミュレーションで数字を出すのは簡単です。表計算ソフトで人数を1.2倍すれば、処理能力は1.2倍になります。しかしその結果は、たいてい現場と合いません。理由は前提の作り方にあります。

1. 生産性は、誰がやっても同じではない

「1人あたり125ピース/人時」を全員に当てはめると、増員の効果を過大に見積もります。新規メンバーの立ち上がり、他工程から来た応援者の習熟度、工程による難易度差——第3回で見た「切り口ごとの差」が、そのまま前提の精度になります。過去実績を工程別・習熟別に持っていれば、より現実的な前提が置けます。

2. 増やした人数分だけ、能力は増えない

作業スペースの広さ、通路の幅、資材の供給、指示を出す人の手が回るか。ある人数を超えると、追加した1人の効果は落ちていきます。実績データに「人数が多かった日の一人あたり生産性」が残っていれば、この頭打ちの傾向も見えます。

3. 切り替えには時間がかかる

応援を出すと決めても、移動、引き継ぎ、作業の立ち上がりで時間を使います。この「切り替えロス」を0分として計算すると、応援案は実際より有利に見えます。過去に応援を出した日の実績から、おおよその立ち上がり時間を掴んでおくと、案の比較が公平になります。

経験は仮説を作れる。
検証はデータでしかできない。

ベテランの「2人増やしても足りないと思う」という感覚は、しばしば正確です。それは長年の実績が体に入っているからで、仮説としては非常に価値があります。一方で、その感覚が正しいかどうかを他の人が確かめる手段がありません。シミュレーションは、経験を疑うための道具ではなく、経験を共有可能な形にするための道具だと考えたほうが、現場に受け入れられると思います。

どこまでの精度があれば、判断に使えるのか

予測の回と同じ話がここでも出てきます。シミュレーションに必要なのは、未来を正確に当てる精度ではありません。少なくとも、明らかに悪い案を落とせる程度の差が見えることです。

2つの案が11,900ピースと11,700ピースと出たとして、この200ピースの差を信じる必要はありません。この2案はほぼ互角なので、選ぶ基準は結果ではなく実行可能性と副作用のほうに移ります。一方、一方が12,000で他方が10,500なら、多少の誤差があっても結論は動きません。

つまり、シミュレーションの使い方は「正確な未来を当てる」ことではなく、明らかに悪い案を落とし、互角の案については別の観点で選べるようにすることです。この割り切りができると、完璧なモデルを待たずに始められます。

AI・機械学習の使いどころ

条件の組み合わせが増えてくると(工程が多い、複数拠点、シフトパターンが複雑)、手計算での比較は限界を迎えます。そこから先は最適化の技術やAIが有効な手段になります。

ただし順番は変わりません。何を固定して何を動かすのか、そして前提となる生産性の実績データがあるか——これが決まっていない状態で高度な手法を導入しても、出てくるのは精度の高い占いです。まずは3案を手で並べてみるところから始めるのが確実だと思います。

まとめ——試すことは、判断の準備である

可視化 → 予測 → シミュレーション。この順に進んできて、手元には選択肢が並びました。ここが活用6段階のLevel 4「試す」です。

ただし、選択肢が並んだだけでは、まだ現場は動きません。誰かが選び、指示を出し、人が実際に移動しなければ、シミュレーションは画面の中の話で終わります。そして「選ぶ」ためには、選ぶ基準が必要です。

次回:データから、人・設備・時間をどう動かすか

15時時点で梱包工程が遅れている。「遅れています」で終わらせず、人を追加する/他工程から応援を出す/作業順序を変える/優先順位を変える、という選択肢を比較して、実際に動かす。

ここで問われるのは分析力ではなく、判断の基準です。何分の遅れで、誰が、何を動かす権限を持つのか。次回は、このシリーズの本題に入ります。
シミュレーションの前提になる実績データについて、ご相談いただけます

工程別・習熟別の生産性実績が残っているか、応援や増員を行った日の結果を振り返れるか——条件を変えて試すための土台があるかの確認から支援します。

「増員の効果が、いつも見込みと違う」という段階からでもご相談いただけます。

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