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コラム | 物流データ収集技術 #8 | 2026年8月25日

マスタデータとイベントデータ
─物流データを分析可能にする「整理の型」

商品・ロケーション・作業者のマスタと作業実績データが結びつくイメージ
この記事でわかること
・物流データを「マスタデータ」と「イベントデータ」に分けて捉える考え方
・商品・ロケーション・作業者マスタが、分析でどう使われるか
・商品コードの不統一、ロケーション命名の揺れ、作業者IDの使い回しが起こす問題
・「いつ時点のマスタか」という、見落とされやすい論点
・マスタ整備を、どこから手をつけるか
本記事は「物流データ収集技術」シリーズの#8です。#6・#7では、ファイルとAPIという「データの受け渡し方」を整理しました。形式を揃えても、複数のデータを突き合わせられるとは限りません。今回は、データを分析できる形に整理する考え方を扱います。
物流データ収集 全体マップ
① 何を集める?(KPI・収集設計)
② モノを識別する(バーコード・RFID・OCR)
③ 状態を計測する(センサー)
④ どう取得する?(PLC・IoTゲートウェイ)
⑤ どう送る?(プロトコル・ネットワーク・API)
⑥ どう整える?(ファイル形式・マスタ・データ品質) ← 今回はここ
⑦ どう活用する?(クラウド基盤・BI・KPI改善)

データ活用の相談の場で、こんなやり取りが起きることがあります。

「先月のピッキング作業、エリア別の生産性を見たいんですが」
「作業実績のデータはあります。ただ、ロケーションの表記が揃っていなくて……」

データは確かに存在している。件数も十分ある。それなのに、集計しようとすると手が止まる。この「あと一歩」で止まる典型的な原因の一つが、マスタデータです。

#1(バーコード・RFID・OCR)の最後で、「読み取る技術より、読み取ったコードの設計のほうが難しい」という話に触れました。今回はその論点を正面から扱います。

1. 物流データは、性格の異なる2種類に分けられる

倉庫で発生するデータは、大きく2つに分類できます。この区別を意識するだけで、データの整理はかなり進みます。

種類 性格 例
マスタデータ 「何が存在するか」を定義する台帳。件数は比較的少なく、頻繁には変わらない 商品、ロケーション、取引先、作業者、設備
イベントデータ 「いつ、何が起きたか」の記録。日々増え続け、基本的には過去の出来事を記録として残す 入荷、入庫、ピッキング、検品、出荷、棚卸、在庫移動
マスタは「登場人物の名簿」、
イベントは「出来事の日記」。
分析とは、この2つを突き合わせる作業です。

イベントデータには、共通する構造がある

物流のイベントデータは、種類が違っても構造がよく似ています。おおむね次の要素で構成されます。

▼ イベントデータの基本構造

いつ
日時
どこで
ロケーション
誰が
作業者・設備
何を
商品
どれだけ
数量

ピッキング実績も、入庫実績も、検品実績も、この形に当てはまります。そして「どこで」「誰が」「何を」の部分は、マスタを参照するためのコードが入ります。イベントデータ単体では、コードの羅列にすぎません。

イベントデータ(ピッキング実績)の例

picked_at location worker item qty 2026-08-25 09:14:22 A-01-03 W0142 4901234 12 2026-08-25 09:15:07 A-01-05 W0142 4907654 3

この記録から「Aエリアの生産性」や「常温品と冷蔵品で作業時間に差があるか」を知るには、ロケーションコードや商品コードからマスタを引いて属性を得る必要があります。マスタが整っていなければ、この時点で分析は止まります。

2. 物流で特に重要な3つのマスタ

商品マスタ

「何を扱っているか」の台帳です。分析で使われるのは、コードや名称そのものより、そこに紐づく属性です。

属性の例 分析での使われ方
商品カテゴリ カテゴリ別の出荷量・作業量の比較
サイズ・重量 作業負荷の推定、保管効率の算出
入数(ケース・ボール・バラ) ピッキング単位ごとの生産性比較
温度帯 常温・冷蔵・冷凍別の分析
取扱区分 要冷・割れ物など、扱いの難しさによる比較

「1時間あたり何個ピッキングできたか」という数字だけでは、生産性の良し悪しは判断できません。小さな商品を大量に取ったのか、重い商品を少数取ったのかで、意味がまったく違うためです。商品マスタの属性があって初めて、比較できる指標になります。

ロケーションマスタ

「どこで作業・保管するか」を定義する台帳です。倉庫内の棚や間口に付けられた番地の一覧と、その属性を持ちます。

属性の例 分析での使われ方
エリア・ゾーン エリア別の作業量・生産性の比較
棚の段(高さ) 取りやすい高さかどうかによる作業時間の違い
保管形態 平置き・ラック・自動倉庫などの区分
温度帯 常温・冷蔵・冷凍エリアの区分
動線上の位置 ピッキング動線の分析、レイアウト検討

作業者マスタ

「誰が作業したか」を定義する台帳です。ただし、この扱いには注意が必要です。

作業者データは個人に関する情報です。分析の目的は、個人の成績を評価することではなく、作業の傾向や負荷の偏りを把握して改善につなげることにあります。
分析にあたっては、社内での取り扱いルールの確認、必要に応じた匿名化や集計単位の粗い化、目的の明示といった配慮が求められます。「誰が遅い」ではなく「どの工程・どの時間帯に負荷が集中しているか」を見る設計にすることが、現場の納得にもつながります。

分析で使う属性としては、経験区分(新人・熟練)、所属チーム、雇用区分、担当工程などが挙げられます。個人を特定しない形での集計であれば、教育計画や人員配置の検討に活用できます。

3. 「マスタが汚い」とは、どういう状態か

現場でよく耳にする「マスタが汚い」という言葉。具体的には、次のような状態を指します。

あるある①:商品コードが1つに定まっていない

同じ商品が、場面によって違うコードで呼ばれています。

コードの種類 使われる場面
自社商品コード 基幹システム・WMS
JANコード 商品の外装、取引先とのやり取り
取引先の商品コード 受発注データ
旧コード システム移行前のデータ、現場の帳票

これ自体は避けられないことです。問題は、これらを相互に変換する対応表が整備されていない場合に起きます。片方のデータでは「A-1234」、もう片方では「4901234567894」となっていて、同じ商品だと機械的に判定できません。

さらに厄介なのが、1つの商品に複数のコードが紐づいている、あるいはシステムによって異なるコードで管理されているケースです。リニューアル前後の商品、荷姿違い、旧梱包の在庫。現場では区別して扱っているが、あるシステム上では同じ商品として扱われている——といった状況が生まれます。

あるある②:ロケーションの表記が揃っていない

同じ棚を指しているはずの番地が、システムや帳票によって違う書き方になっています。

同じ場所を指す表記の例

A-01-03 A0103 A-1-3 A棟1列3段 A01-03

ハイフンの有無、ゼロ埋めの桁数、区切り方。人間が見れば同じだとわかりますが、単純に文字列として比較すると、システム上は別の値として扱われます。

この揺れは、複数のシステムを併用している現場や、増築・レイアウト変更を重ねた倉庫で起きやすくなります。「旧棟はこの命名規則、新棟は別の規則」といった具合です。

あるある③:ロケーションが増減する

棚の増設、レイアウト変更、繁忙期の臨時保管スペース。ロケーションは意外と変わります。

問題になるのは、マスタに登録されていないロケーションが実績データに現れるケースです。現場が臨時に使い始めた場所のコードが、マスタには存在しない。この実績は、エリア別に集計しようとすると「該当なし」に落ちます。

あるある④:作業者IDの欠番と使い回し

作業者マスタは、人の入れ替わりがある分だけ管理が難しくなります。

退職者のIDが残り続ける。 マスタに登録されたまま、実績には現れない。件数を数えると人数が実態より多く見えます。

IDが使い回される。 退職者のIDを新しい人に割り当てると、過去の実績と現在の実績が同一人物のものとして集計されてしまいます。

マスタに登録される前に作業が始まる。 派遣スタッフやスポット要員の場合、仮のIDや共通IDで作業が記録されることがあります。この実績は個人単位の分析から漏れます。

ここに挙げたのは、どれも「現場がいい加減だから起きている」問題ではありません。日々の業務を回すうえでは、それで支障がなかったから今の形になっています。
マスタの不整合が問題として浮上するのは、複数のデータを突き合わせて分析しようとしたときです。つまりこれは、データ活用を始めるタイミングで初めて向き合うことになる課題だと考えたほうが実態に合っています。

4. 見落とされやすい論点——「いつ時点のマスタか」

マスタ整備の話で最も見落とされやすいのが、時間の扱いです。

通常のマスタは、現在の状態を表します。一方でイベントデータは、過去に起きたことの記録です。この2つを突き合わせるとき、どの時点のマスタを使うのかという問題が生じます。

具体例

ある商品が、7月まではAエリアに保管され、8月からBエリアに移されたとします。

7月のピッキング実績を、現在のマスタ(Bエリア)で集計すると、7月にはBエリアで作業していたことになります。実際にはAエリアでの作業だったにもかかわらず、です。

同様のことは、商品カテゴリの見直し、担当チームの変更、ロケーションの再編でも起こります。

マスタを更新すると、
過去の分析結果が変わることがあります。

対処の考え方

方法 内容と向き・不向き
常に最新のマスタを使う 仕組みは単純。「現在の分類で過去を振り返る」という前提が明確であれば実用的。ただし過去との厳密な比較には向かない
マスタに有効期間を持たせる 「いつからいつまでこの内容だったか」を記録し、実績の日付に対応するマスタを参照する。正確だが、マスタの管理も参照する仕組みも複雑になる
イベントに属性を書き写す 実績を記録する時点で、そのときのエリアや区分をイベント側に持たせる。後からマスタが変わっても、記録時点の属性を保持できる

どれが正解ということはなく、分析の目的によって選びます。組織変更をまたいだ長期比較が必要なら履歴の管理が要りますし、直近数か月の改善サイクルを回すだけなら最新マスタで十分なことも多くあります。

重要なのは、どの方式を採っているかを認識したうえで数字を読むことです。「先月と比べてAエリアの作業量が急に減った」という数字の裏に、マスタの再編があった——という事態を避けられます。

5. 整理の型——イベントを中心に、マスタを周りに置く

分析用にデータを整理するとき、広く使われている考え方があります。イベントデータを中心に置き、その周りにマスタデータを配置するという構造です。

▼ イベントを中心に据えた構造

商品マスタ
何を
→
作業実績
(イベント)
いつ・どれだけ
←
ロケーション
マスタ
どこで

この形にすると、集計の切り口を後から自由に変えられます。商品カテゴリ別で見たければ商品マスタを、エリア別で見たければロケーションマスタを参照するだけです。イベントデータそのものを作り直す必要はありません。

逆に、イベントデータに商品カテゴリなどの属性を直接持たせてしまうと、カテゴリ定義を変更した際に、過去データとの整合性をどう保つかという問題が生じます。

この構造は、分析用のデータ設計では一般的な考え方です。「中心となる実績データ」と「それを説明する属性データ」を分けて持つ、と理解しておけば十分です。BIツールやデータ基盤でも、このような構造でデータを扱うことがあります。

6. マスタ整備は、どこから手をつけるか

マスタ整備は、始めてみると際限がありません。全社の商品マスタを完全に統一しようとすれば、大きなプロジェクトになりかねません。

現実的な進め方は、KPIから逆算して必要な範囲に絞ることです。

Step 1:出したいKPIを1つ決める

「エリア別のピッキング生産性」「温度帯別の作業時間」など、具体的な指標を1つに絞ります。

Step 2:そのKPIに必要なマスタ属性を洗い出す

「エリア別のピッキング生産性」であれば、必要なのはロケーションマスタのエリア区分だけです。棚の高さも保管形態も、この段階では要りません。

Step 3:実績データに現れるコードが、マスタに揃っているか確認する

ここが実務の山場です。実績データに登場するロケーションコードを一覧にして、マスタと突き合わせます。マスタにないコード、表記が揺れているコードが必ず出てきます。

この作業は機械的に実施できます。「実績には現れるがマスタにないコード」の一覧を出すだけで、整備すべき範囲の全体像がつかめます。

Step 4:整備のルールを決める

表記を統一するのか、変換表を作って吸収するのか。既存システムの出力を変えられない場合は、後者を選ぶことになります。

マスタ整備は、システム側の作業だけでは完結しません。「この2つのコードは同じ商品として扱ってよいか」「このロケーションはどのエリアに属するか」——こうした判断は、現場の業務を理解している方でなければできません。技術的な作業と業務判断を分けて計画に織り込むと、進め方が整理しやすくなります。

まとめ:整理の型を持つと、議論が具体的になる

「データがあるのに分析できない」という状況は、多くの場合、マスタとイベントの関係が整理されていないことに起因します。

この2つを分けて捉えると、議論が具体的になります。「マスタが汚い」ではなく、「ロケーションコードの表記が3種類あって、変換表がない」。「データが使えない」ではなく、「実績に現れる商品コードの2割がマスタに存在しない」。問題が特定できれば、対処の範囲と工数も見積もれます。

そして、この整備は一度で終わるものではありません。商品は入れ替わり、レイアウトは変わり、人も入れ替わります。マスタを維持し続ける運用まで含めて設計しておくことが、データ活用を続けるための条件になります。

分析できるかどうかは、
データの量だけではなく、
マスタとイベントの結びつき方で決まります。
次回はシリーズ最終回です。ここまで扱ってきた技術要素を全体の流れに沿って整理し、「自社の場合はどこから検討すればよいか」を判断するための道筋をまとめます。
「集めたデータをどうKPIに変えるか」からご相談いただけます

重要なのは、データを集めること自体ではなく、最終的にどのKPIを改善するために、どのデータを収集するかを決めることです。Nexa Warehouse-Optimizerは、収集したデータをKPIとして可視化し、改善サイクルにつなげる分析基盤です。データ収集の構成設計からご相談いただけます。

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